読書好きなしがないサラリーマンの日常

日々の生活を何とかかんとか乗り切るブログ

ざんぎょー

 ウォッシュレットについて語りたくなったので語る。

 ウォッシュレットを使い始めたのは実はほんの数年前からだ。元々会社のトイレにあったのだが、沢山ボタンがついていて使い方がいまいちわからなかった。説明書もないし、勿論説明してくれる人も居ない。と言うよりもそもそもこの手のものの使い方は人に教えてもらいたくないのが普通だろう。

 大体これまでほぼ30年間使わずに生きてきたので、使い始めるタイミングが掴めなかった。ケツの穴に向かって水が勢い良く噴出してくるのもなんとなく怖かったし、実際にどれくらいの勢いなのかも全く想像がつかなかったので余計に怖く感じた。当たり前のことだけど人が使っている場面を見たことがないのでマジでわからんのだ。

 まあ結局使ってみたら割りと便利なものだった。こういうのを試していかないと、いずれ老人になって新しいことを何もできなくなるに違いないと思った。そこまで大げさな話じゃないかもしれないけど、日常の謎に挑戦することは結構大事なことだ。

 また短い文章を書いた。最近まじで残業ばかりで萎える。

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⑥最後の図書館の話

 

 僕が働くことになったのは、世界で最後の図書館だった。

 いつの時代からか紙の本は電子書籍に取って代わり、その電子書籍もヴァーチャルリアリティの圧倒的な進化によって必要とされなくなった。これまで文字で想像するしかなかった物事は、特別な準備も必要なく実際に体験できるようになった。知識の習得という観点からすれば体験に勝るものはないだろう。そうした進化を経ていつしか人々は本を読まなくなり、日常の中から書籍は姿を消していったのだった。

 そうして、この街の図書館は世界で最後の図書館になった。

 僕は子供の頃から本が好きだった。新しい本のページを開いた時のインクの匂いが好きだったし、遥かな時を経て化石のように劣化した本が好きだった。だからこそ、僕は本の番人としてこの図書館で働く必要があったのだ。

 いずれはこの施設も他の図書館と同じように忘れ去られてしまう時が来るだろう。生物の繁栄と同じように、生き残る種があれば絶滅していく種がある。図書館が必要とされていた時代はとっくに終わってしまい、後は滅びの時を静かに待つだけだ。働き始めた当初に抱いた気持ちは今も鮮明に覚えている。

 僕は終わりの時を共に迎えたかった。それが自分にできることの全てだとわかっていたからだ。

 ここに記されている話は既に終わってしまった物語だ。今となっては最後の図書舘も閉鎖されてしまった。僕が働いていた図書館がどんな風に終わりを迎えたのか。それが、これから語る物語だ。